災害備忘録

1995年1月17日以降の日付の無い記憶

阪神淡路大震災とは

1995年1月17日5時46分52秒、阪神淡路大震災が発生しました。

兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の地震でした。

犠牲者は6,434人にも達し、第二次世界大戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであったそうです。

あれから、もう31年も経過したんですね。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

橋

災害時に緊急車両が通行する「緊急輸送道路」に指定されている橋の耐震補強工事を巡り、国や自治体が管理する407橋の橋脚1128基の耐震性能が不足している恐れがあることが、会計検査院の調査でわかったそうです。検査院は、国や府県、政令市などの69事業者が2016~24年度、橋脚の柱部分をコンクリートなどで固める「巻立て工法」で補強工事を行った国道や県道などの橋496本の橋脚1350基を調査。同工法は、柱部分の強度が上がる一方、橋全体の重量が増え、杭などの基礎部分に負担がかかるため、国土交通省は道路管理者への通知で、基礎部分の強度の確認を求めていたそうです。しかし、調査の結果、大分県や兵庫県、島根県など62事業者が補強工事を行った407橋の1128基で、橋の設計図が残されておらず基礎の構造が把握できないなどとして、基礎部分の強度を確認していなかったことなどが判明した。このうち16橋は熊本県内にあるが、同省や同県などによると、7月の熊本地震で調査対象の橋脚に被害は確認されていないそうです。

私が31年前の阪神淡路大震災時、大阪から原付で神戸に向かいました。国道2号線で向かったのですが、橋が落ちた場所はありませんでしたが、橋と陸地に大きな段差が発生していました。原付乗って通るのは無理で、原付降りて橋を通過しました。その後、阪神高速の倒壊現場も見ました。地震前は仕事でよく運転してた高速道路です。流石に「高速道路って倒れるものなんや」って暫く呆然と立ち尽くしていたのを覚えています。

橋脚の補強にしか意識が向いていなかったのでしょうか?何かバイアスがあったのかもしれません。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

公然の秘密

今回の記事で橋の設計図が残されておらず基礎の構造が把握できないって話がありますが、

この話、私が本社で防災担当してた時ですから、10年くらい前に知っていました、

ある業者さんと話をする機会がありその時に、古い橋って設計図が残ってなくて構造がわからんものがあると。隅田川に掛かる橋でも不明な橋があると。ただ、緊急道路に指定されている道路に掛かっている橋は、補強もしてあり大丈夫であると。当時、蔵前橋は大丈夫なんだなぁって思った記憶があります。

知ってる人やある業界では、既知のもので、一般には知られていない事はあるのかもしれません。

つづく…。

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