1995年1月17日以降の日付の無い記憶
阪神淡路大震災とは
1995年1月17日5時46分52秒、阪神淡路大震災が発生しました。
兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の地震でした。
犠牲者は6,434人にも達し、第二次世界大戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであったそうです。
あれから、もう31年も経過したんですね。
あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。
熊本地震Ⅱ
2026年(令和8年)7月28日16時27分に熊本県で地震が発生しました。
報道では、地震後のショッピングモールの爆発事故が一番大きかったのではないか?
ショッピングモールがある熊本県上益城郡嘉島町では震度6強の激しい揺れを記録しました。当時、約3,000人の利用客が来店していたが、地震の直後にモール側が利用客や従業員を速やかに屋外(駐車場など)へ避難誘導し、17時に完了した。地震から約1時間20分が経過した17時50分ごろ、建物南側中央付近で大規模な爆発が発生し、建物の2階部分や外壁が崩落。利用客など大半の人が外へ出たあとに爆発が起きたため、建物内に残っていたテナント店舗従業員7名が亡くなりました。爆発時の映像も残っており、かなりセンセーショナルな報道がありました。原因は、どうも地震によりLPガスがショッピングモール内に漏れだし、それが引火爆発のようです。このショッピングモールは、地元住民にとっての「防災拠点」でもあったようです。熊本県嘉島町との協定で、災害時に駐車場を避難場所にしたり、物資を供給したりすることになっていました。災害時の拠点でしたから、LPガスの爆発は想定外だったのでしょう。ショッピングモールを経営している会社の対応やテナントを経営している会社の対応など、熊本地震では、このショッピングモールの爆発に関する報道が多かったと思います。
あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。
復興、復旧は終わっていない。
現在、マスコミで熊本地震に関する報道は、まず見る事は無い。
ボランティアの人数も少ないようです。ショッピングモールの爆発の報道で、被害の実情が十分に伝わっていないのではないか?熊本県のホームページの情報では、避難所開設24ヵ所、避難所避難者1,151名。まだ、千人以上の方が避難所暮らしを強いられています。
罹災証明書も申請件数、95,372件。調査実施件数(一次調査+二次調査)::92,838 件
調査は進んでいるようですが、罹災証明書交付件数(一次調査+二次調査):76,067 件
まだ、約2万4千件が手つかずと読める。行政も対応に追いつけていないんだと思います。
まだ、このような状況であるのに、既に遠い過去のようになっています。
被災が見えづらくなっている。
そうなると、ボランティア等支援が必要なのか?民間では中々分からなくなる。
ふるさと納税なんかも、被災の状況がもっと報道され続けていれば、被災地を選ぶ人も増えてくるかもしれない。
情報の継続性は重要だと思います。
つづく…。

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