災害備忘録

1995年1月17日以降の日付の無い記憶

阪神淡路大震災とは

1995年1月17日5時46分52秒、阪神淡路大震災が発生しました。

兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の地震でした。

犠牲者は6,434人にも達し、第二次世界大戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであったそうです。

あれから、もう31年も経過したんですね。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

熊本地震

2026年(令和8年)7月28日16時27分に熊本県で地震が発生しました。

地震の規模は気象庁マグニチュード(Mj)7.1、震源の深さは16 kmで、熊本県の宇城市と八代郡氷川町で最大震度7を観測しました。国内で震度7を観測する地震は2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震以来2年6か月ぶりだそうです。また、熊本県内では平成28年熊本地震(2016年4月14日・16日)以来、10年3か月ぶりに震度7を観測し、熊本県内では10年間の3回震度7を観測する事になりました。

よく考えてみたら、地震からまだ2か月ちょっとしか経っていないんです。

熊本県のホームページの情報では、令和8年熊本地震による人的被害等の状況(7月29日19:00時点)で、避難所:420か所、避難者:8,698名(県が把握していない避難所に避難した方もあったと思う。)となっています。最新の熊本県のホームページの情報では、

令和8年熊本地震に係る被害情報 (14:00現在)で、避難所:28か所、避難者:1,361名。避難所の数:392減、避難者数:7,337減と減少はしている。しかし、単純計算ですが、

8,698名÷420=20.7名。発災直後は1避難所当たり約20.7名が避難していた事になる。

1,361名÷28=48.6名。現在は1避難所当たり48.6名が避難している事になる。1避難所当たりに換算すると、発災時の約2.3倍の人が未だ避難している事になる。

当然、授業の再開等で避難所に指定されていた学校から学校外への移動、自宅に戻れた人、運よく仮設に入居できた人等で、避難所の集約は進めていったと思いますが、未だ1,000人以上の方が、避難所暮らし、段ボールベットはあるようですが、プライバシー保護など望むべく無い生活をしている人がいる。こう言う情報も、熊本県のホームページの情報まで辿り着かないと分からないのが現状ではないか?と思います。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

報道は力

先日、マスコミが久々か?熊本地震について報道をしました。

9月30日に、天皇皇后両陛下が熊本の被災地を訪問されたからです。

全国放送で、熊本地震の被災地が報道されるのは、久々ではないか?

両陛下は、今回の地震で被災し今なお厳しい環境の中で避難生活を余儀なくされている人や生活の再建にあたっている人を直接見舞い、災害対応に尽力している人にも直接ねぎらいたいお気持ちを持たれてきて、今回の訪問になったそうですが、両陛下が熊本の被災地を訪問された影響で、熊本地震の被災地の現状を国民が再認識できたのかもしれません。

やはり、報道の力は大きいと思います。被災地に寄り添う報道を継続して欲しいと思います。

つづく…。

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