震災備忘録

1995年1月17日以降の日付の無い記憶

阪神淡路大震災とは

1995年1月17日5時46分52秒、阪神淡路大震災が発生しました。

兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の地震でした。

犠牲者は6,434人にも達し、第二次世界大戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであったそうです。

あれから、もう31年も経過したんですね。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

熊本地震の被災地はどうなっているのか?

熊本地震から1か月が経過しました。熊本県のホームページの情報によると。

(8月28日8:00現在)では、避難所への避難者数:2,442名23日発表−359名)

その内八代市:1,313名。(23日発表−211名)避難者の53.8%23日発表54.4%)が八代市と言う事になります。避難所数:66、その内八代:38 避難所の57.6%が八代市です。

(8月23日8:00現在)では、現在でも避難所への避難者数:2,801名、その内八代市:1,524名。避難者の54.4%が八代市と言う事になります。避難所数:61(23日発表−5)、その内八代:37(23日発表−1)避難所の60.7%(23日発表57.6%)が八代市です。

1,524名÷38=40 八代市では1避難所に平均40名に方が避難している事になります。

熊本県全体では、2,442÷66=37 1避難所当たり平均37人が避難している事になります。

八代市では、1,313人÷37=35.5人。氷川町が、避難者数204名に対し避難所数3になっています。204÷3=68…。(23日発表から避難者−3人、避難所数±0)県全体と比較しても復旧が進んでいない感じがします。氷川町の避難所(どこの避難所かはしりませんが)は、高市総理が視察したのが確か氷川町の避難所でした。

その時に会談した被災者の発言が、

「避難所は食料品や色々な物資にしても至れり尽くせりで」

「避難所の生活に不満はなく、本当に至れり尽くせりです」

「冷房もきいててベッドも全員にね」

でした。本当に、言われている通り、至れり尽くせりな避難所なので、被災者が避難所から出ないのでしょうか?

正直言って「分からない」のです。総理視察以降これと言った情報を得る事ができませんでした。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

人間は忘れる生き物

熊本地震から約1か月。何故か急に情報が出て来た感じがします。

政府が支援策を発表した影響でしょうか?

ライフラインはかなり復旧してるようです。

SNSも一部避難所の画像がアップされていました。

どこの避難所か不明ですが、ほぼ1か月前と変わらない雑魚寝状態でした。

1か月振りの情報、人は忘れる生き物です。地震から約1か月情報が無いと、忘れます。

ましてや、その間、千葉県や石川県で大雨で大きな被害が発生しています。その報道は、どんどん流されています。意識は、そっちに流れます。そう、熊本地震は過去のものになってしまっているのではないか?危惧してしまいます。そうならないためにも、情報、報道は継続して流す必要があると思うんです。人は忘れるんです。

つづく…。

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