震災備忘録

1995年1月17日以降の日付の無い記憶

阪神淡路大震災とは

1995年1月17日5時46分52秒、阪神淡路大震災が発生しました。

兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の地震でした。

犠牲者は6,434人にも達し、第二次世界大戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであったそうです。

あれから、もう31年も経過したんですね。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

エアコン

統計データ見ると、1995年阪神淡路大震災のあった年のエアコン普及率は、77.2%だったそうです。現在はっと言うと、2024年で91%。但し、これには北海道が57%。とかまだ普及していない。(それでも2010年では普及率11%だから急激に普及してる事になる。)東京都等都市部での普及率は95%だそうですから、神戸も同じ程度でしょうか?要は、日本でエアコン何で生活するのはかなり苦しいと言えると思います。

「暑いんです!!」私の子供の頃は、家にエアコンありませんでした。(これは、ただ実家が貧乏だったからかもしれませんが…。)それでも、凌げてた。扇風機で何とか凌げてた。やはり地球温暖化の影響でしょうか?

今、南海トラフ地震や首都直下地震が発生したらどうなるのだろうか?

建物の耐震性は進んでいるので、阪神淡路大震災時よりも建物の倒壊は少なくなるかもしれません。但し、暫くは電気、水は止まる。自宅避難であるうと、避難所に避難したとしても、暫くはエアコン無の生活になる。外気温が30度、否今では40度でもおかしくない。どれだけ耐えれるのだろうか?現在のマンションは密閉性が高い、また防犯上ドア開けっぱなしの人も、まずいない。私も狭いマンション住まいであるが、水はある程度備蓄しているが、暑さの対策は正直無策だ。

熱中症の約4割は、屋内で発生してるそうです。災害が無くてもです。

電気復旧するまで、どうやり過ごすか?頭が痛い…。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

地球温暖化対策は防災対策になる

やはり根本的に温暖化対策が夏場の防災対策になるのではないか?と思います。

しかし、都市部では木陰が減っているそうです。

例えば、東京23区では樹冠被覆率が2013年の9.2%から2022年には7.3%に低下し、公共用地と民有地の両方で大きな減少が見られているそうです。木陰の減少は、夏の路面温度の上昇や歩行者の体感温度の上昇に直結しており、健康リスクの増大を引き起こす可能性があります。また、街路樹の伐採や管理コストの増加が影響を与えているとされています。温暖化よりも管理コストが優先されているのしょうか?

東京の都心地域における緑地比率は21.4%であり、OECD37か国の平均46.3%の半分以下であり、各国首都のなかではチリのサンチャゴの11.9%、メキシコのメキシコシティの18.1%に次ぐ低さとなっているそうです。緑地が少ないのだ。

管理コストは確かにかかるのでしょうが、人口減少、空家問題解決には、都市景観、温暖化対策にも都市部での生態系の復旧は重要な気がします。

つづく…。

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