1995年1月17日以降の日付の無い記憶
阪神淡路大震災とは
1995年1月17日5時46分52秒、阪神淡路大震災が発生しました。
兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の地震でした。
犠牲者は6,434人にも達し、第二次世界大戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであったそうです。
あれから、もう31年も経過したんですね。
あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。
地震大国
今年に入ってからも地震は発生してるわけで、震度5弱以上の地震を調べてみたのですが
1月6日 島根東部:震度5強
4月1日 茨城県南部:震度5弱
4月18日 長野県北部:震度5強
4月18日 長野県北部:震度5弱
4月20日 三陸沖:震度5強
4月27日 十勝地方南部:震度5強
5月15日 宮城県沖:震度5弱
5月20日 沖縄本島近海:震度5強
6月16日 茨城県南部:震度5弱
6月25日 岩手県沖:震度6強
6月26日 山梨県東部・富士五湖:震度6弱
6月28日 岩手県沖:震度5弱
月2回は震度5弱以上の地震が発生している事になります。
今月なんて4回だからほぼ週1で発生している。
少し気になるには、関東以北での発生が何故か多いように見えます。
まだ今年半年です。これからも何処かで地震は、発生するのでしょうが
準備は平時のしておくものです。
以前にも書きました、寺田寅彦さんの言葉
「天災は忘れた頃にやってくる」んです。
あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。
自助
31年前の阪神淡路大震災、多分、私が生まれて初めて体験した地震があれだったと思います神戸で地震が起こるなんて夢にも思いませんでした。それも、あんな大きな地震。当然、私の実家の地震の備えなんてしてなかったと思います。ただ、当時はまだ、第二次世界大戦を経験した方がまだまだ元気だった。自然災害ではありませんが、「生命の危機」を経験し生き延びてきた人がいた。だから、震災直後、隣近所で倒壊した建物から救助するって事も自然にできたのではと思います。まだ、共助の力が大きかった。
さて、今、南海トラフ地震や首都直下地震が発生したらどうなるのだろうか?
既に、大戦の経験者の多くは亡くなり、ご存命でも後期高齢者。
役所も被災するので、直ぐに公助を期待しても無理がある。また、最近は隣近所との付き合いも希薄になってきています、つまり共助の力は低下しています。
ただ、建物の多くは新耐震基準のものが多くなってきていますので、阪神淡路大震災時よりも建物の倒壊は少なくはなるでしょう。阪神淡路大震災で亡くなられた方の多くは地震直後の倒壊等により圧死、窒息死だったので、それは避けられる可能性が高い。
と、なると頼れるのは、「自分」。まずは、自助の対策を考えて欲しいと思います。
つづく…

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