震災備忘録

1995年1月17日以降の日付の無い記憶

阪神淡路大震災とは

1995年1月17日5時46分52秒、阪神淡路大震災が発生しました。

兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の地震でした。

犠牲者は6,434人にも達し、第二次世界大戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであったそうです。

あれから、もう31年も経過したんですね。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

人工

能登半島地震後の2年間で、奥能登4市町(輪島市、珠洲市、能登町、穴水町)の人口が7777人減少したそうです。石川県が発表した人口推計によると、奥能登の人口は、2024年1月1日と比べ14・1%減の4万7436人。地震発生後の1年間から減少ペースは鈍化してきていますが、人口流出に歯止めが掛からず、自治体は住まいや生業の再建に取り組んでいる。

4市町の直近の1年間(25年1月1日〜今年1月1日)の減少数は3099人。地震直後の1年間(4678人減)と比べ、減少は落ち着いたが、地震前となる23年の1年間より約1・6倍減っている。

2年間の人口減少数を市町別で見ると、輪島が3499人で最も多く、珠洲2149人、能登1433人、穴水696人と続いた。

珠洲は24年1月1日の1万1721人から9572人に減り、減少率は18・3%。輪島は2万1903人から1万8404人に減り、同16・0%となった。能登町は10・0%、穴水町は9・5%だった。3方面が海に面した半島、山岳地が多いようで、仮設住宅建設のに適した土地も少ない様で、地震の被害が、過疎化、少子高齢化に拍車をかける形になったようです。この状況からの復興・復旧はどうすれば良いのか?

甚だ、暴論であるが、

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

自然の返そう

能登半島の本来の生態系については知らないのですが、人の住まなくなった土地、否市町村レベルでも、もはや維持ができないのであるならば、本来の生態系に戻す、自然に人間が開発した土地を返す事も考えても良いのではないか?天然の自然えはないが、百年後、否、数十年後にはその景色が新たな観光資源になるのではないか?

豊かな海に囲まれた能登半島、山の自然環境を本来の生態系に戻せば、それは海の生態系にも好影響を与えると思う。自然環境に戻すために、そこで自然環境復旧事業が始まる。どれくらいの予算になるのか、皆目わかりませんが、百年スパンの復興事業もあって良いのではないか?と思うんですがね?

つづく…

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