震災備忘録

1995年1月17日以降の日付の無い記憶

阪神淡路大震災とは

1995年1月17日5時46分52秒、阪神淡路大震災が発生しました。

兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の地震でした。

犠牲者は6,434人にも達し、第二次世界大戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであったそうです。

あれから、もう31年も経過したんですね。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

首都直下地震Ⅶ

報道によると、首都直下地震発生時の「未治療死」、東京23区東側に集中 医師らが試算したそうです。首都直下地震発生時に適切な治療を受けられずに亡くなる「未治療死」について、日本医科大医師らの研究チームが試算したところ、約900人だった。住宅の耐震化が進み、2022年の前回試算から8割強減った。ほぼ全てが東京23区東側に集中しており、住宅密集地で緊急車両が通行できる道路環境を整備するなどの対策が欠かせないとの事。

道路幅が狭く緊急車両の到着や重症者の搬送に支障が生じやすい木造住宅密集地域が都内全体では25年時点で約7,100㌶と16年時点から半減したのも要因に一つだそうです。

確かに、阪神淡路大震災でも建物の倒壊による圧死、窒息死が多かったし、東日本大震災の様な大きな津波の発生は想定されないので、木造住宅密集地域の減少を考慮したのかと思います。都が想定する都内の重症者約13,800人のうち7%に当たる899人が「未治療死」になると推計してるそうです。

あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。

バイアスは無いのか?

確かに、木造住宅密集地域の減少し建物の倒壊や火災が発生しなければ、負傷者は減ると思うが、阪神淡路大震災時、家屋の倒壊等から救助したのは地元の住民だった。私の父親も倒壊した家屋から近所の人助けるの手伝った話は聞いた事がある。木造住宅密集地域は住民同士の繋がり、コミュニティは機能している。では、マンションはどうなんだ?住民同士の共助は機能してるのだろうか?倒壊はしないが、揺れない訳では無い。部屋は揺れるのだ。負傷する人も0では無いと思う。そして、エレベーターは停止する。

タワーマンションの高層階で負傷者が発生した場合、エレベーター停止時に救助、搬送は可能なのだろうか?何か、木造住宅密集地域のマイナス面だけ見て、逆にタワーマンション等倒壊の危険の無い建物については大丈夫だろうみたいなバイアスは無いのか?

私の様な素人の浅はかな疑問であれば良いのですが…。

つづく…

コメントを残す