1995年1月17日以降の日付の無い記憶
阪神淡路大震災とは
1995年1月17日5時46分52秒、阪神淡路大震災が発生しました。
兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の地震でした。
犠牲者は6,434人にも達し、第二次世界大戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであったそうです。
あれから、もう31年も経過したんですね。
あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。
死
阪神淡路大震災から今日で31年になる。
阪神淡路大震災での直接死者は、6,434名と言われており、また関連死は921名だそうです。亡くなられた方の内、12.5%が関連死と言う事になる。でも実際は、関連死に数えられていない亡くなられた方もいると思う。私の父親は震災の7年後に自殺しました。関連死には数えられない。しかし、震災が無ければこんな事なかったのにとは思う。
今更どうこうできる話では無い。ただ、同じような苦しみを味あう人は、いなくなって欲しいとは思う。改めて、阪神淡路大震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
熊本地震や能登半島地震では、地震による直接死よりも地震後の関連死の方が多くなっています。生き残られた方のメンタルのケアと言うのは重要なのではないかと思う。
さて、ここまでの話で気付いた事を述べてみたい。
災害関連死
阪神淡路大震災から31年、建物の耐震化は進み、建物倒壊による死亡者は減少するだろうとは思う。しかしだ、首都直下地震の新たな被害想定でも直接死は約1万8千人に対し関連死は最大で4.1万人と想定されています。直接死よりも倍以上の人が地震後に亡くなると想定している。関連死が多くなる以上、災害時のメンタルケアについてもっと何かやるべきことがあるのではないかと思う。このソフト対応が関連死を減らす手立ての一つではないかと思う。災害関連死に数えられない死を経験した者より。
つづく…

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