1995年1月17日以降の日付の無い記憶
阪神淡路大震災とは
1995年1月17日5時46分52秒、阪神淡路大震災が発生しました。
兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の地震でした。
犠牲者は6,434人にも達し、第二次世界大戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであったそうです。
あれから、もう30年も経過したんですね。
あの時の経験と、今となって気付いた事を書き記しておきたい。
人間は忘れる生き物である
日本は地震大国のはずであるが、喉元過ぎるのが早いようで、これから大規模地震の発生が逼迫してる中で、防災予算削減する自治体もあるようで…多分大規模地震が発生したら、
「想定外でした。」って言うんだろうなぁなんて思ってしまうのだが、
「想定外」は東日本大震災以降は、あり得ないと思うのだが、どうなんだろうか?
例えば、昭和以降の三陸地方での大規模地震(抜粋)であるが
・昭和8年3月3日 昭和三陸地震大津波が発生し、死者・行方不明者3,064人。
・昭和8年6月19日 宮城県沖で地震:津波は無かった?
・昭和11年11月3日宮城沖地震小津波あり。
・昭和13年11月5日 – 7日福島県東方沖地震東北から関東に津波。
・昭和27年3月4日十勝沖地震北海道から東北に津波
・昭和35年5月23日チリ地震津波三陸海岸6.4ⅿの津波等。大船渡市53名死亡等
地震は無いが津波で大きな被害が発生した。
・昭和37年4月30日宮城県北部地震:津波は無かった?
・昭和38年10月13日択捉島沖地震択捉島から宮城県までで津波を観測。
・昭和43年5月16日十勝沖地震三陸沿岸で5mの津波。死者・行方不明者52人。三陸沖北部の固有地震
・昭和53年6月12日 宮城県沖地震津波あり
・昭和56年1月19日 三陸沖で地震:津波は無かった?
・平成元年11月2日 三陸沖で地震久慈で1.3mの津波を観測
・平成6年12月28日 三陸はるか沖地震:津波は無かった?
・平成15年5月26日 宮城県沖で地震:津波は無かった?
・平成15年7月26日 宮城県北部地震:津波は無かった?
・平成17年8月16日 宮城県沖で地震:津波は無かった?
・平成17年11月15日 三陸沖で地震。大船渡市で最大50cmの津波観測。
・平成20年7月24日 岩手県沿岸北部で地震:津波は無かった?
・平成23年3月9日 三陸沖で地震大船渡市で最大55cmの津波観測。
・平成23年3月11日東日本大震災
これを見る限り、昭和8年昭和三陸地震大津波と昭和35年チリ地震津波が東日本大震災以前の三陸地方での津波での大きな被害の例となると思うのだが、それぞれ92年前、65年前、その間地震は発生してる、結構大きな地震も。しかし、津波での被害は少なかった、否、津波自体発生しなかった大きな地震は発生していた。
地震と津波との関係性が薄くなった?結果忘れてしまった?
大きな津波を経験した人が少なくなった結果、伝承が途切れ忘れてしまった?
だから「津波てんでんこ」が伝承されてた地方は生き残る術を覚えていた?
人間は忘れる生き物であると思うんです。
さて、ここまでの話で気付いた事を述べてみたい。
忘れている暇はもうないのかもしれない。
能登半島地震から、もうすぐ2年になろうとしている。
たった2年である。しかし、もはや記憶の片隅にある程度の人が多いのではいか?
しかし、南海トラフ地震、首都直下地震等何時発生してもおかしくない、日本は地震活動期に入ったのではないかと思います。
「生き残る」ためには、過去の教訓を忘れている暇はもうないのかもしれません。
過去に大規模地震等で亡くなった方々の為にも、皆で生き残りましょう。
つづく…

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